個人チャンネルの運用と情報公開について思うこと

2026-8-8

  • #雑記

今週、以下のブログをきっかけに times をはじめとした社内 slack における個人チャンネル論争がずっと続いてるのを観測してる。

自分がめちゃくちゃ times を使って仕事中も思考を垂れ流して整理するタイプ、というバイアスはあるが、times (分報)をはじめとした Slack などのワークコラボレーションツール内で個人発信チャンネルを持つことはいいことだと思っている。

すでに times の意義等はいろいろ語られているので改めてこのブログで話すほどのものでもないが、やはり new commer の立場や思考の整理ツールとして有用だし、質問の心理的安全性の観点からも一番気軽に発言できるチャンネル、というのは貴重である。times である程度生煮えの疑問を拾ってもらえるのも new commer からしたらありがたいし、自分も転職したての頃とか、環境構築がまだ大変だった時代にはとても重宝した。

こういった経験もあるから new commer の times があれば自分は積極的に入るし、質問も積極的に「ここでこう聞くといいよ」と適切なチャンネルに dispatch したりしてる。

こういったチャンネルの運用というのは企業文化と密結合なので良し悪し、馴染む馴染まないはその企業のカルチャーに強く依存すると思っているので、そういった文化やカルチャーに馴染みがなかったり「見ないものを見ない」癖がついてる人とそうでない人やroleで意見が噛み合うことはない。

上記のブログの言ってることもまぁ一理ある点はあると思う。ただまぁ、結局社内チャットのチャンネルなんて見たくなければ見なければいいわけで、見ない自由があるのに「〜は書くな」みたいなのも話としてはおかしい気もする。

まぁ times が大きくなったりフォロワーが増えたりするデメリットはあると思ってて、あれは一種の「タバコ部屋」でもあるから、重要な意思決定(仕事上ありえる話だと技術選定とか?)がチームのチャンネル以外でされると困る、みたいというのはあるかもしれない。自分はあまり見たことはないが。観点を拾って別の場所で議論し直すことも多い。結局「慣れ」の問題に収束してしまう気もする。

ここまで書いてて自分はやはり times があった方がいいなと思うタイプなのであるが、割と通り一辺倒な理由でもあるので少し違った観点からあった方がいい理由を追記してみる。

まず、times (分報) をはじめとした社内の個人チャンネルは、それがそのまま社内 SNS として機能する。SNS としてワークしてしまうからこそ今回議論の発端になっているブログのタイトルに書かれているようなことが発生してしまうのかもしれないが、これを規制してしまうと何が起きるかというと、ガチの SNS という全世界に公開された空間にその「お気持ち」が飛んでいってしまうリスクがある。

普通に考えて社内事情をそのまま書くのは守秘義務違反でもあるから、ある程度コンテキストをぼかすこともある(赤裸々に書くやつもいるかもしれないが)だろうが、普通に考えて社内事情をインターネットに公開するのは本人にとってもリスクだし、何より会社にとってもいいことは一つもない。例えば採用チームが頑張ってブランディングしてるのに真反対の内容を X に投稿されて、かつプロフィールに所属まで書いていようものなら、それを見た求職者側はどう思うだろうか。とかく、「お気持ち」を公開していいことなど一つもない。とはいえ、人間なので愚痴の一つも吐きたくなるものでもある。だとしたらある程度「限られた空間」に放り込む先を設けておくのは、会社としてある種の防波堤として機能する。

自分が times に書くときも社内のコンテキスト前提にしてることが多いので、上記の意味で少なくとも社内情報を安全に書き込める場所があるのは助かっている。

また上記で少し触れた「タバコ部屋」的なワークの仕方をしてしまう問題について、これは言ってしまえば情報公開、透明性に関する部分なのかなと思っている。自分が知らないところで自分の業務に関わることが話されていたとするなら普通に困る。確かにそういう会話はちゃんとチームなり、プロジェクトのチャンネルでやるべきだと思う。

ただ、自分が関与しないもしくは関与が薄いプロジェクト、その意思決定に別にいなくてもいい、必要ない立場であったらどうだろうか。

日々行われる様々な意思決定に対して、原則オープンであるべきだとは自分も思うが、最近になって「別にオープンでなくても、経緯がわかればそれでいいな」という価値観もわかるようになってきた。特に今の自分は外資系と呼ばれる括りの企業で働いているのもあり、この情報公開に対するスタンスについては日米でだいぶ違うなと感じることが増えている。日米と括ったが、社内Slackの運用の話に関してだけ言えば、このエントリでも主題に置いている times という文化や情報公開に対するスタンスは言ってしまえば「日本のWeb、ベンチャー界隈特有のワークカルチャー」と見ることもできるかもしれない。

北米の企業では非公開な場で会話がよくされるし、最後のアウトプットにちゃんとした形でまとまっていて、公開されていれば、その経緯は公開されない。僕も業務の中で DM や private channel を当たり前に使う中にいてもうだいぶ慣れてしまった。自分から積極的には使わないが、DM に呼ばれたとしても別に何も感じない(以前は公開チャンネルで会話しろよ思っていたが)

この辺の日本の web、ベンチャー界隈とそれ以外での情報公開に対するスタンスは友人の podcast の過去回で話されていて、このワークカルチャーの違いがわかりやすく会話されている。

ここまで書いて何が言いたいのかというと、times が別に「タバコ部屋」になっていたとしてもいいのではないか?という話になる。あまりに業務的な話になればそれはタバコ部屋に参加してる住民が適切なチャンネルへ dispatch してステークホルダー間で議論する機会を設けてほしいと思うが、一方でステークホルダーが全員そこにいて、かつそこで話された内容がちゃんとドキュメント (ADR など)にまとめられていて形式知として残されていれば別にそこに至るプロセスはなんでもいいのではないか、とも思う。

times の話から書き始めて気づいたら情報公開に対するスタンスまで話を広げてしまった。やはり times は文化なんだと思うし、文化そのものに茶々を入れられた嫌悪感といったものが根強いのかもしれないなとここ一週間の SNS 上の論争を眺めていて感じた。

情報公開の話はここ数年でだいぶ価値観が変わった部分なのでまた別途ブログに切り出してみてもいいかもしれない。